京都祇園にて開催の「フェルメール 光の王国展」は好評のうち、閉館しました。
みなさまのご来場、誠にありがとうございました。
私が初めてフェルメールの作品に触れたのは1988年の夏のこと。留学していたニューヨークで、フリック・コレクションにたまたま入ったところ、そこにほんもののフェルメールが三点もあったのだ。
さりげなく飾られていた「兵士と笑う女」を見て、稲妻にうたれたような衝撃を受けた。これまで見たいかなる絵とも違っていた。そして、これまで見たどの絵よりも私を魅了した。隣には「稽古の中断」がそっとかけられていた。
フェルメールの絵には、画家が声高に語る自己というものが何も感じられなかった。
フェルメールは、世界を解釈しようとしていない。
フェルメールは、世界を(こうあるべきと)裏書きしようともしていない。
フェルメールは、ただ世界をあるがままに記述しようとしている。
絵はどこまでも清明で、正確な奥行き感があり、そしてすべての細部に対して公平だった。窓から入る光は人物と部屋を柔らかく照らし、楽譜は音符まで読めそうだった。まるで写真みたいだ。私は思わずそうつぶやいていた。そしてとりもなおさずそれこそがフェルメールの特性だった。
フェルメールは、写真技術が生み出される以前のフォトグラファーである。彼の世界に対する公平な姿勢は、当時の私が目指そうとしていたこと、──生命現象をできるだけ解像度の高い言葉で、つまり遺伝子やタンパク質のレベルで記述すること──、とどこかで重なっているような気がした。
そこから私のフェルメール巡礼が始まった。フェルメールを求めて世界中を旅した。フェルメールを見れば見るほど、フリック・コレクションで感じた私の第一印象は確信に変わっていった。彼は画家というよりは、むしろひとつのことを究明するために全精力を傾注する科学者的なマインドの持ち主であったと。
彼の作品を一つや二つ見ただけではわからない。むしろ彼の作品を作成順に並べてみた時、より鮮明に浮かび上がってくるものがある。これが後年、最新のデジタル技術とプリンティング技術によって、フェルメール全作品を「リ・クリエイト」する試み、──描かれた当時の色彩と筆致をとりもどす──、それを一堂に展示して彼の全生涯を再体験する、というアイデアにつながった。
今回の展覧会では科学者としてのフェルメールの真の姿に迫ることをテーマに展示を行った。深読みフェルメールの果てはつきることがない。楽しんでいただければ幸いである。
福岡伸一(生物学者/館長・総合監修)
フェルメール・センター・デルフトより提供を受けた画像素材を最新のデジタルリマスタリング技術によって、フェルメールが描いた当時の色調とテクスチャーを再創造したものを、原寸大で所蔵美術館と同様の額装を施して展示します。
福岡伸一が本展のために書き下ろした、オリジナル・シナリオによるスペシャル解説を宮沢りえさんと小林薫さんが担当します。
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祇園甲部歌舞練場内 八坂倶楽部
【交通案内】
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※詳しい交通案内は祇園甲部歌舞練場のホームページをご覧ください。